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結局は食が大事

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夕食に鯵(あじ)の姿造りをつくった。

パソコンだ、映像だ、ITスキルだとか言ったって、結局は気力、体力がないと何もできないわけで。

そのために食ほど大事なものはないんだって、最近つくづく思う。

嫌なことがあったり、落ち込んだときこそ、「今食べたいもの」を必死に探す。美味しいもの、好きなものを頭の中でめぐらせて、今私が求めている食事はなんだろうと考える。

「白いごはん?」「魚?」「肉?」「パスタ?」「うどん?」「ラーメン?」「やきそば?」「カレー?」「スープカレー?」
「冷蔵庫にはなにがあったっけ?」

考え始めたらきりがなくて、食べたかったものが変わり変わって予想外の食事になることもあるけど、おいしい食事ができたら、自然と前向きになれる。体もあったかくなってくる。

食欲をなくさないためには、普段からおいしいものをできるだけ知っておかなきゃ。栄養素のことなんかより、どの季節にどんな食材がおいしくて、その食材を使った料理で自分がすきなのは、「これ」。「これ」っていうおいしいもの知れば知るほど、食の幸せの幅が広がる。
おいしいと高級は私の中ではぜんぜん違う。1尾100円以下の鯵だって、3個パック100円の納豆や豆腐だって、私がおいしいと思えればいい。


19歳から21歳まで、地元のスーパーの鮮魚売り場でパート勤務していた。

そのとき鮮魚部門しか求人なかったから、という単純な理由で、白い長靴、氷と水槽と魚に囲まれて、生臭い毎日。

生魚を氷詰めの発泡スチロールから出して、塩水にひたして洗い水分をふきとってトレーに盛ったり、煮魚・焼魚・刺身をつくったり。

どれもけっこうな職人芸で、難しかったけど、面白かったし、美味しかった。

「味わかんねーと、造って売る立場にゃなれんのだよ」
鮮魚部門のトップ(マネジャー)は体格のいい強面で迫力ある板前姿がよく似合う潔い感じのおじさんだった。マネジャーは元トラック運転手で、なぜスーパーに転職したのか、聞いた事あったけど忘れてしまった。

別に好きでもなかった魚をいろいろ食べさせられたけど、それがどれもこれも美味しかった。

一寸の迷いもなく魚に包丁を入れる、料理人の包丁さばきが心地よくて、必死に真似た。

調理の仕事から離れても、たまに魚をさばきたくなる。

魚の命のかたちを、目で、手で、包丁の刃先で確認しながら、口に入る形になるまで、自分で手を加えていくことが、心地よい。食べると今度は、ありがたくなる。

さっきまで魚のかたちしてたものが、いま小さく切られて口の中にある。飲み込んで体の中に入っていく。

そうやって、いろんな命を飲み込んで、栄養にして、人は生きてるんだと思うと、体の中に入るものは、ちゃんとひとつひとつ自分のために選んであげないといけないなと、妙に慎重になる。いい傾向だと思う。


女性センターのガールズ講座の講師意見交換会に先日出席した。私はリラックスして呼吸して声を出す講座を担当している。
酸素が足りないと体は危機感を感じて不安要素は高まる。深い呼吸でたくさんの酸素を体に入れることで、心を安定させ、代謝をよくする。
さらに、ふだんより大きな声を出して自分の体から声が出ることを確認する、そんな講座をしている。

受講生アンケートに圧倒的に多かったのは
「心や体の不調を抱えているのは、自分だけじゃなかったんだ」
「こんなだめな自分でも、居ていい場所があったんだ」

自己肯定力
思えば私も、メディアの仕事という夢ができて初めて、フリーターの自分が恥ずかしくなくなった。
べつに、何してたって、何にもしてなくたって、恥ずかしがらなくていいのにね。

花に水をあげるように、自分の体のために、毎日おいしい食事をする、前を向いて歩く、私はそんなことを心がけている。

たまにはサボるけどね。疲れちゃうからさ。
by channelp | 2011-01-12 22:47
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