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原発作業員になった知人にかける言葉が見つからなかった

何度も見かけたことのある彼が、原発作業員として私の前に現れた。
彼は、私のことなど、ほとんど知らないだろう。名前は聞いたことあるという程度か、どっかで見たことある誰か、ぐらいかもしれない。知人というのは言い過ぎか。でも、それ以外の言葉が見つからない。

心が揺れ動くほどに、言葉は、見つからない。

とにかく、彼は先週末6/30(土)、撮影担当として参加した、福島県いわき市での「第1回ふくしまフォーラム 震災と放射能汚染後をどう生きるのか」の分科会のひとつ「原発労働者」の分科会に当事者として参加していた。

翌日、2日目の分科会終了後には、バス見学会があった。参加者は30名ほど。いわき市の津波被災地、広野町を通り楢葉町のJヴィレッジ周辺へ向かった。彼は、Jヴィレッジの内部、自身の被ばく、労働者の賃金など、詳細に説明をしてくれた。

彼は原発事故後、罪悪感を感じて、自分の意思で原発作業員になった。最初は福島第2原発で働き、今は第1原発で働いている。ひと月の被ばく積算量は2~3mSv(ミリシーベルト)だという。

説明の最後に、彼は、こう付け加えた。

「私は東京電力の下請けで働いています。だから東京電力の経営が苦しくなると、まず私たち労働者の賃金は下がります。それをご理解ください」

全員で説明へのお礼を言ったあと、数名が彼に名刺を渡したり、連絡先を聞いたりしている。私は彼になにか言葉をかけたくて、少し待った。話が途切れた隙を見て、「あの、」と言い掛けすぐにその声を飲み込んでしまった。

なんて声をかければいいのか。瞬間に浮かんだ言葉は「ありがとうございます」「頑張ってください」「体に気をつけてください」。

どれも不適切に思えた。いつも気軽に使っている言葉が、原発作業員の宿舎となったJヴィレッジと、原発作業員になった彼を前にして、陳腐で薄っぺらいものになっていた。

私は他人事のようにこの言葉を吐き、数時間後には帰宅して、いつもどおり電気のスイッチをつけてくつろぐのだと思うと、自分への嫌悪感で吐き気がした。

何も言えず、その場を離れてバスに戻った。


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by channelp | 2012-07-08 02:07 | BLOG