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アウトサイダーアートとは 映画「破片のきらめき」を見て

e0149596_2111454.jpg初めてアウトサイダーアートという言葉を知ったのは1年ほど前のこと。そして今年1月に、道立旭川美術館でローザンヌ アールブリュット・コレクションと日本のアウトサイダー・アート「アール・ブリュット 交錯する魂」を見た。精神病を患ったり、生まれながらにして障がいをもつ人々の粘土細工、絵画、コラージュ、個性的な作品に心を打たれたのことが記憶に新しい。
このように専門的な美術教育を受けずに、アート活動をする人々の作品を「アウトサイダーアート」というらしい。この定義を障がいをもつ人のアートと連想する人も多いが、必ずしもそうではない、という記述もWikipediaにはあった。

このWikipediaのページを読んで少し安心したのだが、今日、映画「破片のきらめき」を見て、改めて「アウトサイダー・アート」という概念そのものに疑問を抱いた。誤解を招きそうなので先に言っておくが、映画の中には「アウトサイダー・アート」という言葉はほとんど出てこない。
最後の方で、精神病院のアトリエ出身の画家が銀座のギャラリーでの個展が決定した場面で一言「「アウトサイダー・アート」としてではなく、一人の画家として個展を開けることが嬉しい。やっとスタート地点に立てた」と言うのだ。
この映画は10年間かけて、実際にある東京都八王子市の精神病院内のアトリエで撮影されたドキュメンタリーだ。ここでは自分の精神状態や行動を作品にして交流することで、自分や他人や社会を見つめ合うコミュニティーが形成されている。
それは、美学校や共同アトリエなどでもよく見られそうな場面だった。

先日、私が勤務しているOurPlanet-TVのインタビュー番組「ContAct」でも高橋愼二監督が出演し、言っていたが、「心の病だから、というものは特になくて、不安定な仲間を心配する、入院したらお見舞いに行く、励ます、当然のことなんですよね」

最近、既存の概念やシステム、固定観念に疑問を持ち考え込むことがよくあるのだが、今日はこの「アウトサイダー・アート」に疑問を持たずにいられなかった。
専門的な美術教育とは何なのだろう、芸術はそれなりの教育を受けなければ生まれないものなのか。
才能とは、教育により作られるものなのか。教育云々の話で「アート」と「アウトサイダー・アート」と分けるのならば、そこには「教育を受けていない」というレッテル=差別が存在するのではないだろうか。

人間には多かれ少なかれ欠落している部分があるものだ。しかし同じ命には変わらない。誰の作品、どんな場所で生まれた作品などという理由で価値を決めてはいけないのではないだろうか。
芸術に取り組むひとつのアトリエの姿、アーティストたちの姿として描かれたドキュメンタリーを、そのままに受け止めて欲しい。

渋谷アップリンク(~1/9)、横浜ジャック&ベティ(~12/26)にて公開中。絵画作品点も開催中。
自主上映も募集中。

★OurPlanet-TV「ContAct」高橋愼二監督インタビュー「カメラが映した精神科病院のアトリエ」
★「破片のきらめき~心の杖として鏡として」公式ホームページ(割引券あり)
★予告編(YouTube)
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by channelp | 2008-12-23 21:05
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